【 頭骨、リンゴ  – skull , apple -】

【 頭骨、リンゴ  – skull,apple -】

F6(410 × 318 ㎜ ) Oil on canvas 

2023.August

by tokio suzuki

2023年8月に開催する「 絵面星より生まれしシビュラたち 」に向けた作品です。

今回は額装も規定されていたため、市販のものを選び限られた時間の中で塗装と簡単なエイジング加工を施しています。タイトルを決め切ったものにしてしまうとどうしても見る側を一方的な方向へと限定してしまう気がしてしまうため( 用いる場面によっては効果的になる)、みる人にとってどのようであっても良いというものになっています。

初参加であまり概要を理解しておらず、しかし、シビュラを冠する企画なのでひとまずシビュラについて調べました(作品のことについて資料集を作るというのも随分と好きです)。

そこでシビュラの書(本家)とシビュラの託宣(ユダヤ教徒が生み出した)は別物ということをすぐに知るわけですが、シビュラの託宣を読んでみたら創世記から始まるわけで、その時の印象がこの絵です。

こういった手法はなんだかんだで今でもさまざまな場面で用いられていたりしますよね。紀元前から変わらないのだなと感じがしました。

頭骨は人間、リンゴは知恵の実(知恵の実は無花果説が好きです)。今回りんごを用いたのは、描こうと思いずっと部屋に置いていたリンゴが作品の構想を練っていた5月に熟れすぎたため音を立てて破れたことから。

私は自分が悪いのだという思いや、何か抱えているものが重くなりすぎて起き上がれなくなることがあります。親に向かってどうして産んだのかと責めるのもそれは違うので、”どうしてエヴァは唆されたのか、どうしてアダムとエヴァはその実を口にしたのか”などと悪態をつき責任転嫁することで一時的に自分の荷物をそちらに預け、身を軽くして立ち上がる、という場面が時々起こります。今年の5月前半がそのような状態でした。

また

”もうこの国終わりだよ”

web上で主にSNSではこの言葉をよく目にするようになりました。私も随分と前から感じてはいますが口にはしないようにしています。

”いずれ現人類は人間から元のサピエンスと呼ばれるようになり、人間は別なもの(おそらくはAI)が担うので人間は滅びない。”

この説が好きです。

おそらく悲観するだけ嘆くだけにとどまり考えることをやめ感覚を鈍化させていればいつの間にか、気がついたら入れ替わっているはず。だから滅ぼされるなんて心配は不要と思っています。

私も考えることを放棄してしまいたくなることはあります。考えることをやめ動くことをやめるのならば、与えられた知恵の実を潔くお返ししてはどうだろうか、そんなことを考えています。

さまざまなことがAutomaticに進む生活になり考える習慣がなくなっていることは事実ですがそのような時だからこそますます考えることは必要なのではないかと思います。

頭で考えることはもちろんですが、心で考えることも重要なのではないだろうか。

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